●
古代
(
こだい
)
・
中生
(
ちゅうせい
)
の
富谷
(
とみや
)
町内
(
ちょうない
)
で、
縄文時代
(
じょうもんじだい
)
に
使
(
つか
)
われていた
縄文式土器
(
じょうもんしきどき
)
や
弥生時代
(
やよいじだい
)
に
使
(
つか
)
われていた
弥生式土器
(
やよいしきどき
)
や
石鏃
(
いしやじり
)
(
弓矢
(
ゆみや
)
の
先
(
さき
)
につけた
石器
(
せっき
)
)が、
熊谷日吉神社前遺跡
(
くまがいひよしじんじゃまえいせき
)
から
発見
(
はっけん
)
されています。
大和町
(
たいわちょう
)
の
遺跡
(
いせき
)
から
水田稲作
(
すいでんいなさく
)
に
使
(
つか
)
われたとされる
石包丁
(
いしぼうちょう
)
が
発見
(
はっけん
)
されているので、
富谷町
(
とみやまち
)
でもその
当時
(
とうじ
)
、
水田稲作
(
すいでんいなさく
)
が
行
(
おこな
)
われていた
可能性
(
かのうせい
)
があります。
平安時代
(
へいあんじだい
)
の
書物
(
しょもつ
)
「
延喜式
(
えんぎしき
)
」には、
大亀地区
(
おおがめちく
)
の
鹿島天足別神社
(
かしまあまたりわけじんじゃ
)
や
志戸田地区
(
しとだちく
)
の
行神社
(
ゆきじんじゃ
)
がかかれています。この
神社
(
じんじゃ
)
は、
毎年
(
まいとし
)
の
豊凶
(
ほうきょう
)
を
占
(
うらな
)
ったり、
病気
(
びょうき
)
や
魔
(
ま
)
よけの
神事
(
しんじ
)
を
行
(
おこな
)
う
重要
(
じゅうよう
)
なものだったそうです。
イノシシ
形土製品
(
がたどせいひん
)
(
縄文時代
(
じょうもんじだい
)
)
鹿島天足別神社
(
かしまあまたりわけじんじゃ
)
日吉神社鳥居
(
ひよしじんじゃとりい
)
●
近世
(
きんせい
)
の
富谷
(
とみや
)
江戸時代
(
えどじだい
)
には、
宿場町
(
しゅくばまち
)
として
富谷新町
(
とみやしんまち
)
が
発展
(
はってん
)
しました。
伊達政宗
(
だてまさむね
)
が
奥州街道
(
おうしゅうかいどう
)
112
駅
(
えき
)
の1つとして
設置
(
せっち
)
しました。このころ、
富谷
(
とみや
)
では
茶
(
ちゃ
)
の
栽培
(
さいばい
)
が
盛
(
さか
)
んで、「はつしも」「はつね」「たかのつめ」など10
種類程度
(
しゅるいていど
)
ありました。
奥道中歌
(
おくどうちゅうか
)
には「
国分
(
こくぶん
)
の
町
(
まち
)
より ここへ
七北田
(
ななきた
)
よ
富谷茶
(
とみやちゃ
)
のんで
味
(
あじ
)
は
吉岡
(
よしおか
)
」と
詠
(
よ
)
まれています。
●
明治以降
(
めいじいこう
)
の
富谷
(
とみや
)
明治
(
めいじ
)
4
年
(
ねん
)
に
廃藩置県
(
はいはんちけん
)
は
出
(
だ
)
され、これまであった
藩
(
はん
)
を
廃止
(
はいし
)
して、
県
(
けん
)
や
府
(
ふ
)
を
配置
(
はいち
)
しました。
仙台藩
(
せんだいはん
)
は
仙台県
(
せんだいけん
)
(のちに
宮城県
(
みやぎけん
)
)となり、
仙台
(
せんだい
)
のほかに
名取
(
なとり
)
、
宮城
(
みやぎ
)
、
黒川
(
くろかわ
)
、
加美
(
かみ
)
、
玉造
(
たまつくり
)
、
志田
(
しだ
)
の6
郡
(
ぐん
)
がその
地域
(
ちいき
)
となりました。
明治
(
めいじ
)
22
年
(
ねん
)
には、
富谷村
(
とみやむら
)
が
命名
(
めいめい
)
され、その
区域
(
くいき
)
は、
富谷
(
とみや
)
・
一ノ関
(
いちのせき
)
・
ニノ関
(
にのせき
)
・
三ノ関
(
さんのせき
)
・
志戸田
(
しとだ
)
・
穀田
(
こくた
)
・
西成田
(
にしなりた
)
・
石積
(
いしづもり
)
・
大亀
(
おおがめ
)
・
明石
(
あかいし
)
・
今泉
(
いまいずみ
)
・
大童
(
おおわら
)
でした。
明治
(
めいじ
)
27
年
(
ねん
)
には、
富谷町消防団
(
とみやまちしょうぼうだん
)
の
前身
(
ぜんしん
)
の
富谷村消防組
(
とみやむらしょうぼうぐみ
)
が
誕生
(
たんじょう
)
しました。
富谷
(
とみや
)
に
電話
(
でんわ
)
が
初
(
はじ
)
めて
取
(
と
)
り
付
(
つ
)
けられたのは、
大正元年
(
たいしょうがんねん
)
のことで
富谷郵便局
(
とみやゆうびんきょく
)
に
設置
(
せっち
)
されました。その
郵便局
(
ゆうびんきょく
)
は、
明治
(
めいじ
)
7
年
(
ねん
)
に
村内最初
(
そんないさいしょ
)
の
郵便局
(
ゆうびんきょく
)
として
誕生
(
たんじょう
)
しています。また、
初
(
はじ
)
めて
電灯
(
でんとう
)
がついたのが
大正
(
たいしょう
)
8
年
(
ねん
)
のことでした。それまでは、
松
(
まつ
)
の
幹
(
みき
)
や
根
(
ね
)
から
取
(
と
)
った
樹脂
(
じゅし
)
を
固
(
かた
)
めたものを
燃料
(
ねんりょう
)
として
灯
(
あか
)
りをつけていました。
●
現在
(
げんざい
)
の
富谷
(
とみや
)
昭和
(
しょうわ
)
38
年
(
ねん
)
に、
富谷村
(
とみやむら
)
から
富谷町
(
とみやまち
)
に
生
(
う
)
まれ
変
(
か
)
わりました。
当時
(
とうじ
)
の
人口
(
じんこう
)
は5,091
人
(
にん
)
と、
町政
(
ちょうせい
)
を
始
(
はじ
)
めてから40
年
(
ねん
)
が
経過
(
けいか
)
した
現在
(
げんざい
)
の、
約
(
やく
)
8
分
(
ぶん
)
の1の
人口
(
じんこう
)
でした。その
後
(
ご
)
は、
自然
(
しぜん
)
を
残
(
のこ
)
しながら
団地
(
だんち
)
が
開発
(
かいはつ
)
され、どんどん
人口
(
じんこう
)
が
増加
(
ぞうか
)
し
発展
(
はってん
)
し
続
(
つづ
)
けています。
町
(
まち
)
では、
町民
(
ちょうみん
)
のみなさんが「この
町
(
まち
)
に
生
(
う
)
まれてよかった!
住
(
す
)
んでよかった」と
思
(
おも
)
えるように、「
幸
(
しあわ
)
せを
実感
(
じっかん
)
でき
笑
(
え
)
顔
(
がお
)
輝く あったかい
富谷
(
とみや
)
」をすすめています
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